サオリン=木村沙織の基本情報・その1 at 木村沙織応援中

木村沙織(きむら さおり):愛称はサオリン

1986年8月19日生まれ。
バレーボール選手(女子バレーボール日本代表)。
所属は、東レ・アローズ。

出身地:
埼玉県八潮市。その後は、大阪、東京と転々とした生活。
東京では、あきる野市が主な居住地域だった。

血液型:O型

家族構成:
父、母、妹の四人家族。

キャッチフレーズ:
人気選手ということもあり、テレビ放送においては
度々キャッチフレーズが登場する。

・時をかける万能少女 サオリン(2006年バレーボール・ワールドグランプリ)
・ニッポンの未来 サオリン無限大(2006年 世界バレー)
・・・等など

その他:
そのスラリとした長身に加え、バストも大きいこともあり、
雑誌の特集ではそうした面が強調されることもある。
試合中継などでは、そこに注目する男性も多いとか・・・?


魅力がいっぱいの、サオリンこと、木村選手。
応援しています、女子バレー&サオリン



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サオリン、ワールドグランプリから世界バレーへ向けて 2006年後半 at 木村沙織応援中

2006年夏のワールドグランプリで、サオリンはこう言っています。

「チームの中で、自分の役割が見えました」

ブラジル・ロシア・イタリアら強豪チームに徹底的にサーブで狙われ、
キャッチを崩し、日本得意の速いコンビバレーが出来なかった反省。

これは世界に、全日本の木村沙織が認められている、
その確たる証明と言えます。

敗戦の中に、大きな収穫を手にした、サオリンこと木村沙織選手。

まだ、20歳の彼女はこう言って、次のステージを目指す事となります。

「レシーブ・トス・スパイク、全部うまくなりたい!」

まだまだ大きな可能性を秘めたサオリンの、
次のステージは秋の世界バレー2006、そして2008の北京五輪!

勝利のために必要なのは「スマイル」という信条で、
これからの飛躍にもっともっと期待と応援が集まりますね(^−^)


「グラチャンでは何も出来なくて、悔しい思いをした。今回のほうが自分の役割とかが見えてきたところがあったので良かった。」と収穫を口にするサオリン。目指すは北京五輪! 写真提供:バクさん通信様
写真提供:バクさん通信様(※お借りしているだけですので、無断転載はご遠慮下さい)



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ワールドグランプリで課題噴出 2006年8月 at 木村沙織応援中

初のVリーグ後、数ヶ月。

木村沙織選手は夏にはワールドグランプリ2006へ、
レフトとして登録・出場を果たします。

開幕戦は、強豪キューバにストレート勝ち!
申し分の無いスタートを切ります。
2試合目の8月19日は、サオリンの二十歳の誕生日であり、
韓国戦に勝利後は会場に用意されたケーキで皆に祝福を受けました。

しかし、その翌日のブラジル戦で、木村選手の課題が浮かび上がります。
ブラジルは日本の攻撃の芽を摘むべく、サーブで木村選手を狙い撃ち。
反撃の波が日本に来ても、ブラジルの“サオリン潰し”によって
木村選手はサーブレシーブを乱し、チームはリズムに乗れず完敗。

今後に大きな課題を残したものの、更なる飛躍へのステップとも言えます。

「狙われるのが分かっていたんですが、キャッチ(=サーブレシーブ)で
崩されて、ここからって時にミスが出て、チームのリズムを崩してしまった。
上げられるのにお見合いしてしまったり。そこを直していけば、もっと
良くなると思います。」(by木村沙織選手)


狙われるのが分かっていたんですが、キャッチ(=サーブレシーブ)で崩されて、ここからって時にミスが出て、チームのリズムを崩してしまった。上げられるのにお見合いしてしまったり。そこを直していけば、もっと良くなると思います。とサオリン
まだまだ成長途上!課題克服に期待しましょう♪


関連記事:
柳本ジャパン、木村沙織が狙われた /ワールドグランプリ(2006.08.20 livedoorニュース)
柳本ジャパンはキューバに完勝 バレー女子ワールドGP(2006.08.18 イザ!)
日本は韓国破り2連勝 バレー女子ワールドGP(2006.08.19 イザ!)



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初のVリーグ参戦と、木村沙織の涙 at 木村沙織応援中

2005年9月、木村沙織選手はVリーグに初参戦します。

木村選手初の第12回Vリーグは、2005年9月から2006年3月までという、
7ヶ月にわたる長丁場(途中に6〜7週間の中断を挟む変則日程)。
デビュー戦では、レフトでスタメン出場を果たしますが、この試合での
アタック決定率はチームトップの52.0%、サービスエースも2本決めるなど、
デビュー戦ながら初白星に貢献します。

○前半戦の東レ

その後、所属チームの東レは1敗差でしたが前半戦を首位で折り返します。
木村沙織選手も、レフト、センターでスタメン出場を続け、そのチームの
快進撃の大きな原動力となりました。


チームの快進撃は笑顔をもたらします 写真提供:バクさん通信様
写真提供:バクさん通信様(※お借りしているだけですので、無断転載はご遠慮下さい)


○後半戦の東レ

前半戦とうって変わって後半戦は、下位の日立佐和戦に思いがけない敗退。
苦手の久光製薬にも苦戦を強いられるなど、東レは苦しい状況に。
そんな中、木村沙織選手のアタック決定率は比較的安定していたものの、
ことごとくサーブを狙われ、頻繁に攻撃パターンを封じられてしまいます。
また、腰の故障の後遺症からなのでしょうか、キャッチの不安定さが
露呈するなど、満足のいくプレーは出来なかったようです。


結局、レギュラーラウンドを3位で終えた東レは、決勝ラウンドで武富士に
1-3で敗れてしまい、4位でシーズンを終了。
試合後の会見で、敗戦の弁を述べた木村沙織選手の目には涙が・・・。


木村沙織選手の個人成績(第12回Vリーグ)

・アタック決定率 リーグ6位
・サーブ効果率  リーグ9位

ルーキーイヤーとしては申し分ない成績を残し、堂々の新人賞を受賞。
今後はサーブレシーブ、ブロックの数字向上、そして何よりも
チームの優勝をサオリンには期待したいと思います(^−^)



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プレミアリーグの今後は・・・ at 木村沙織応援中

プレミアリーグと改称 バレーボールのVリーグ
 日本バレーボールリーグ機構は、Vリーグとしてきた1部リーグの呼称を
 プレミアリーグとし、2部に相当するV1リーグの呼称はチャレンジリーグ
 と、それぞれ変更すると発表した。
 (2006.11.14 イザ!)

つまり、今まで分けていた下部リーグとも併せてVリーグを総称として、
そして区別をつけるために、1部リーグをプレミアリーグ
2部リーグをチャレンジリーグにする、という事ですね。

うーん、ネットでも批判的というか、「大丈夫?(笑」
みたいな意見が多いみたいですね〜。

私もプレミアリーグって聞くと、やっぱりサッカーを思い浮かべますしね。

でも、サオリンら若い選手が活躍してくれる事でリーグが活性化すれば、
この名称も良いものになっていくと思います!

そんなわけで、より一層、応援したいと思います(^−^)

でも、もうちょっとバレーらしい名称の方が良かったかも(笑



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